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■山崎洋子&一之 さん 
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(16/16)

「新婚旅行」

 五月の晴れた日、二人で三国の町役場へ結婚届を出した。
 役場を出ると、九頭竜川に沿って三国の町を歩き始めた。潮風のにおいが鼻をついた。軒先の干しがれいが港のにおいを漂わせる。家々の玄関先で、おばあちゃんたちがむしろをしいて、台の上に包丁を逆だて、ラッキョウのへたを切っていた。港のそばの岩壁に、あぐらをかいて、漁師のおじさんが漁網のつくろいをしている。浜ではよしずを広げ、おばさんたちがていねいにワカメをのばして、天日に干していた。
 潮風が、干物のにおい、ラッキョウのにおい、ワカメのにおいを運んできた。穏やかな日本海の海がどこまでも広がっている。私たちは坂道を上り、松林をぬけて東尋坊まで散歩した。
 これが私たちの新婚旅行だった。
 それから再び、それぞれの休みをとっていろいろなことを話し合った。
 ところが会えば会うほど、別々に離れて生活しているのが不自然になってきた。ほんとうに話し合いたいとき、相談にのってほしいとき、そばに相手がいない。彼が困っているときや、まいっているとき、めいっているときにそばにいてあげられない、それはとても不都合なことだった。
 生活というのは、お互いに同じ土俵にたって、共に何かを築いていくことではないのか。二人の関係も、毎日語り合い、確かめ合いをしなければ、いつの間にかうすく、かげろうのように揺らいでしまう。離れて暮らしていると一緒にいると見えないたいせつなものが見えてきた。結婚生活とは一日一日の二人の積み重ねの日々なのだ。二人でいられる日々をたいせつにしなかったら、他に何を大事にするものがあろうか。

 私は自分の仕事をやめて、彼とともに農業に飛び込むことにした。これが自分の望んでいるものだというものを、私たちの夢を山の中で創っていくことにした。お金がなければないで何とかなるだろう。必要なものはみんなあとからついてくるだろう。
 音の仕事とさよならすることにした。
 今まで育ててもらった父や母、そして祖母や妹たち。仕事でお世話になった先輩や仲間たち。大学まで学ばせてもらい、好きな仕事につきながら結果的にはみんな裏切ることになってしまった。直接、この人たちには何のお礼もできないけれど、このお礼は、これから自分の生きていく中で、私のまわりの人々に返していこう。私がみんなからもらったものを、他の人々に返していこう。そう心の中に刻み込んだ。
 それから半年後の74年11月、私は三国へ移り住んだ。


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