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■山崎洋子&一之 さん 
■長澤源一 さん ■梶谷きよみ さん


(12/16)

 捕まった中に山崎君もいた。学部の仲間たちも、サークルの友人たちも、この半年ほどの間に次から次へと捕まった。警察の留置所で一眠りしてきた人は両手の指で数えきれなかった。今まで絶対だった大学の言論の自由、学問の自由、行動の自由の幻想はくずれ、それらはあってなきに等しいものになってしまった。学部長の行為に、大学に対する学生たちの信頼は無残にも打ち砕かれ、虚しさとしらじらしさだけ漂っていた。
 それ以来、山崎君はキャンパスには戻ってこなかった。彼の大学への登校拒否が始まったのだ。
 キャンパスには静かな日常が戻っていた。まるで昨日までシュプレヒコールを叫びデモっていたのがうそのように学園は静まりかえっていた。
 フィルムとカメラを持ったままどこかへ行ってしまった山崎君のおかげで、映画作りは中止。仲間たちと集めた音を構成して、録音構成となってしまった。それにしてもいったい、彼はどこでどうしているのだろう。ふっと現れて、ふっと消えて、いつも心をそこに残すことなく自由自在。自由といえば自由、いいかげんといえばいいかげん、全く変な人だった。そのうちに、また、気が向いたらふっと姿を現すだろう。私たちはだれも気にしなかった。
 数ヶ月が経った。70年の秋も終わりに近いことだった。人気のないキャンパスには木枯らしが吹いて、赤く色づいたつたの葉がカサコソと舞っていた。
 「よお!」
 日焼けした人なつっこい顔をほころばせて、青いちゃんちゃんこのたもとを揺すりながら肩をポンと叩いて声をかけた友人がいた。一瞬、明日を止めてよく見ると、久しぶりの山崎君だった。彼の頬は上気し、瞳はうるんで輝いていた。
 「俺ら、もう、この大学で学ぶことは何もなくなった。今日限りこの学校をやめる。やめて旅に出ようと思う。大学には幻想もないし、家にも俺らの居場所なんてない。もう引き返すなんてことはできない。自分で納得のできるように生きていくだけだな」
 遠くを見つめる瞳の中に赤い炎が燃えているようだった。
 それから一年間、彼と会うことはなかった。ところがある日、
 「山崎さんは、福井の山の中の一軒家で、研修中だとか言って、牛飼いのまねごとをしていましたよ」
 卒論の資料集めから戻ってくると、サークルの放送研究会の部屋で待ちかまえていた後輩の山越君が言った。
 「夏休みに葉書きをもらったので、北陸の旅の途中、福井へ寄ってみたんです。東尋坊の近くの山の中の一軒家でね、牛小屋の横の小さな家で、七輪でごはんを炊いて自炊していましたよ。おかずはめざしとたくあんだったかな、家の周囲には鶏が遊んでいるんです。牛小屋のわらの中とか棚の上に卵がころがっていて、それを拾ってきて、茶碗のふちでコンコンと割ってごはんにぶっかけて食べるんです。鶏たちは牛の餌のトウモロコシをつついたり、牛糞の中のうじをほじくったり、飛んでいる蝿をパクッと飲み込んだり。卵の黄身なんか橙色に濃くってね。なかなか割れないの。うまかったなあ・・・・」
 話している後輩は、山の中の生活を思い出してかほんとうに楽しそうだった。
 「夕方、先輩がまきを割って風呂にくべろというんです。自分は牛の餌をやってくるからといって。なたを思いきり振り下ろすけど、まきがなかなか割れないんです。そのうえ、火もつかないし、風呂を沸かすのに一時間も二時間もかかるんですよ。考えられない生活でしょ」
 そう言うと、丸い目を細めて愉快そうに笑った。
 「あの先輩は何を考えているのかわからないところがありますねぇ。何か始めるかと思うと、あっという間にいなくなって、まるで風のようで一緒にいる者には、わけがわからないや。だけど、やってることはいるもおもしろそうだなあ」
 「ほんと!」
 後輩の話に、私たちは思わず笑った。今ごろ、山崎君はどんなに大きなくしゃみをしてるやら。


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