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■山崎洋子&一之 さん 
■長澤源一 さん ■梶谷きよみ さん


(15/16)

「祖母の一計」

 それから三ヶ月ほど経ったある日、小松にいる妹から電話があった。
 「姉ちゃん、山崎さんが約束どおり電気を引きました、って言いに来たんよ」
 この前、結婚の申し込みに来たとき、祖母がこういったのだという。
 「あんちゃん。家の跡取り娘を連れていくとは何事や。まこと欲しかったら、山の中に電気ぐらい引くまっし。電気を引いたら、その話もういっぺん考えてあげるさかいに」
 それから三ヶ月。彼は電気を引くために必死になってがんばったらしい。電柱一本につき当時で10万円。最低八本の電柱を立てねば電気はこない。そのうち三本までは電力会社が引いてくれるが、残りの五本は自己負担だ。合計50万円。一日働いた労働がたった3000円。月にせいぜい7万円の稼ぎができたときのこと、その中から50万というお金をひねり出すのは並大抵のことではなかったろう。しかも電柱を立てるには他人の土地を借りねばならない。今から思えば見ず知らずの人の了解をとり、土地を借りることは、見知らぬ土地で農業を始めた彼にとって、金銭問題よりもっとむずかしいことだったに違いない。
 けれども、電気が引けたと言ってきたというのだ。妹が電話の向こうで笑いながら話している。
 「ばあちゃんは、開いた口がふさがらないと言って機嫌が悪いんよ。でも、もう反対する理由がなくなってしまったみたいやわ。山崎さんは電気が引ければ結婚してもいいと言ったんだと思ってたらしいんよ。ばあちゃんが引けるはずのない電気の件を持ち出して、結婚したいのなら電気を引いてからもう一度、出直してこいと言ったのを、山崎さん流に都合よく解釈して、ばあちゃんに迫ったみたい。ばあちゃんの負けかもしれんわ」
 妹は楽しそうに笑う。電話の向こうで、妹なりに結婚するということの意味をしっかりと考えているようだった。
 私も、いよいよ自分の気持ちをはっきりさせ、心を決めるときがきたようだ。次の日曜日、彼と待ち合わせて小松の家の門をくぐった。
 祖母はもう何も言わなかった。母は、山崎君ならいいと許してくれた。妹たちもそれぞれ、自分の結婚と照らし合わせて何かを考え初めているようだった。
 結婚というのは、今まで両親のもと、家族の中ではぐくまれてきた娘や息子が、こんどは自分の足で歩き出し、新たな人生の中で自分たちが、それぞれの子供や家族をはぐくんでいく、巣立ちのときなのだ。家族という大きな温かい傘の下に庇護する立場にたって生きていくときなのだ。そこにはいいかげんな妥協や甘えは許されない。人間初めて孤独を知るときなのかもしれない。
 そう思ったら、肩の荷が軽くなった。今は何もできないけれど、母や祖母、妹たちが困ったら、どこで何していても、どんな生活をしていようと何かあったら必ず飛んでこよう。そのときどきに、私のできることは何でもしよう、それが私の役目なのだから。父もきっと許してくれるに違いない。


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