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■山崎洋子&一之 さん 
■長澤源一 さん ■梶谷きよみ さん


(3/16)

 大学を卒業して、働いて、結婚して子供ができて、何十年が過ぎていく。物はあふれているが自分に必要もないものばかり。そんな物に囲まれて、自分のやりたいことが何であるかもわからず、ただ一生を終えてしまう。これじゃあまりにもむなしいじゃないか。
 何もいらないから、眠りたいときに眠り、食べたいときに食べ、働きたいときに働いて、遊びたいときに遊ぶ。自分が生きているという実感の持てる生活がしたいんだ。
そのためには、だれもいない山の中で百姓をするのが一番だ。牛を飼って、牛糞を堆肥にして畑に入れる。野菜を作って、自分の食い物は自分で作る。明かりが欲しければランプをつける、水が必要なら井戸を掘る、必要なものを必要なときに一つ一つ自分の手で作っていく。夕日が沈んだら家に入り、ランプの明かりで本を読む。朝日が昇ったら外で働く。雨が降ったら体を休め、夏は海水浴、雪が降ったら冬はスキー。必要なものを確かめながら納得できる生活をしたいんだ。百姓じゃ食えんと言うてやめたり、都会へ出ていく者が多いのは知っているけど、自分一人食べていくくらい、何とでもできるやろ。農業は人間の生きていく基本や。百姓やりながら、自分に何ができるのか、何をせなあかんのか見てみたいんや。だれか百姓をやるもんもえんと、食べる者と指導する者ばかりじゃ、この国も確実に二十年先はだめになるやろ」
 そう言って彼は、あははは・・・・・と笑って言った。
 「おかしいか」
 「いや、おかしくはないけど、あなたが否定するものはみんなが必死に求めてきたものばかり。それを求めていくことで、この国がだめになるって、ほんとう?!」
 「ああほんとうさ。どこか狂ってる」
 「なぜ?!」
 「山の中で暮らしてみるとよう見える。農業やるとようわかるわ」
 そう言うと、彼は冷めてしまった砂糖の入っていないコーヒーをすすった。
 そうか、そういう生き方もできるのか。彼の言葉は新鮮な驚きだったが、疑問が一つ残った。他人や物に頼らない生活をするというのに、なぜ、最初から他人のお金をあてにするのだろう・・・。
 私にはお金の余裕はなかった。
 「今は見習い同然だから、カンパしてあげられるお金なんて全然ないの。毎日食べるだけでやっとなの」
 実際、部屋代と水道、光熱費を払って、定期を買うと食費だけで目いっぱいだった。それでもなけなしの給料と時間をやりくりして、映画を見て歩いたり、本屋を歩きまわっていた。
 考えてみれば、今まで便利だと思っていた都会の生活はすべてお金で動く生活。本屋へ行くにも映画館に行くにも、電車やバスに乗る。アパートにいるだけでも、電気やガスも水道も黙っていても基本料金が出ていく。すべてが消費につながり生産性がない。田舎は違うという。食べ物でも何でも工夫すれば自分で作る材料がいっぱいころがっている。清算できる場があるというのだ。そうか、便利な生活というのは生産性がない消費の生活なのか、ふっと心に生じた疑問だった。
 「それにしても、自分の牧場つくるのに、どうして最初から他人のお金をあてにするの。そんなんじゃ思いどおりの牧場なんてつくれやしないわよ。ほんとうにやりたいなら自分で働いて稼ぎなさいよ。牛一頭、畑一枚からでいいじゃない。少しずつやって自分の力をためて確かめておきなさいよ。やるだけやってだめだったら、また、考えればいいじゃない。初めっから他人のお金をあてにするなんて、言ってることとやってることが違うじゃないの。みんなだれだって食べるだけで精いっぱいなんだから、他人のお金をあてにして牧場つくったっていいことないわよ」
 今まで黙ってにこにこしながら私たちの話を聞いていた後輩の山越君が、急に口をはさんだ。
 「せっかく福井の山の中から夢を描いて上京してきたというのに、牛も土地もそんなに簡単に一人の力で買えるもんじゃないんです。そんな冷たいことを言わなくてもいいでしょうに。冷たい人ですね・・・・・」
 口をとがらせて、ぷりぷりして立ち上がると、
 「先輩、帰りましょう。今日はだめですよ」
 そう言って喫茶店を出ていった。
 ごめん・・・・と言ったが、もう遅かった。
 ところが、そんな後輩の姿を見ながら彼はにこにこ笑って言った。
 「断られてあたりまえさ。またな!」
 彼は後輩のあとを追って新宿の雑踏の中に消えていった。
 コートのえりをたて、肩をこごめ足早に家路を急ぐ人。ジャンパーのポケットに手を突っ込み、足どりも軽く横断歩道を渡る人。腕を組み、寄り添い歩く若者たち。排気ガスと雑踏の中、都会に群れたがる人々の多い中で、都会という作られた巨大な文明に背を向けて、たった一人、自分の力を試して田舎で、山の中で百姓をするという。こんな生き方もあるのかと、私は不思議な気持ちで雑踏の中に消えていくげたの音に耳を澄ましていた。


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